夏の終わり

M:こんにちは。ミッシェルです。

G:どーも ジョージです。

M:瀬戸内寂聴さん原作の映画化というので興味がありました。

  原作は読んでません。寂聴さんの法話とかお話とかインタビューとかは

  とてもためになるし、聞いていて面白いし、感心するし、励まされるし、

  元気になるので好きなのですが、小説は、申し訳ありませんが

  1冊も読んだことないのですよ。不倫とか情念とかちょっと私と違うなあと

  いうところで、手に取らないのかもしれません。

G:寂聴さん、ご自分でも言っているように、若い頃はけっこう自由奔放だったようなので

  俺たちみたいな なんというか平凡な人間とはちょっと違うかもという感じがあるよなあ。

M:まあ、私たちみたいな人間は、小説にはなりにくいでしょ。平凡すぎてつまらない。

  さて、映画ですけど、やっぱりわからなかったなあ。

  寂聴さん、封切り前のテレビでのインタビューとかで

  この映画が一番 忠実に描かれていたと おっしゃっていたので

  興味を持ってみたのですけど、どのへんが忠実だったのかなあ。

  全体なんだろうけど、でもその全体も、私にはわかりませんでした。

G:つなぎがわかりにくかったんじゃないかなあ。

  原作読んでる人は、もうストーリーが頭にはいっているから

  次はこうきてこうなるというのがあるだろうけど、

  原作読んでない人間には、ちょっとストーリー展開がついていけない。

M:そうそう、これは回想なのだろうか?夢なのだろうか?急にこの女性は

  どこに行ってたんだろうか?とか 展開が分かりずらいのですよ。

  終わってから、パンフレットのストーリーを見て、男二人が待ってたのは、

  ロシアからの旅行の帰りだったそうで、えっいつの間にロシアへ?って

  感じですよ。

G:年上の作家、慎吾と年下の会社員涼太との三角関係もよくわからないなあ。

  だって、子供置いて出てきたのは、年下の男涼太と駆け落ちしたからだろ?

  でも、始まりは、なぜか、年上作家と同棲している。というか、週半分半分

  正妻と愛人の間を行ったり来たりしてるということだけどさ。それもよくわからなかった。

  あまり説明しすぎると 雰囲気が壊れちゃうのかもしれないけど

  省略しすぎて、見ている側に関係がよくわからないという感じがあったな。

  ラストのほうの小田原旅行はあれは いつの段階の旅行だったのか?

  8年後それとも知り合ってすぐの時の旅行?実際、二人は死んでないんだろ?

  ラスト、小田原駅では、誰を待ったんだろ?

  よくわからなかったなあ。

M:知子さんが どっちを好きなのかもよくわからなかった。

  どっちも手玉にとってやろうという悪女なのか、どっちも本当に好きだったのか?

  うーん、こーゆーの私にはわからない。

  世の中には、好んで、面倒臭い関係になっていくのを望む女って

  いるよね。それ?で、自分は悲劇のヒロイン的な顔をしてる。

  根が、単純な私にはわからないわ。そーゆー情念に生きる女とか

  自由奔放に生きる女の気持ちがさっぱりわかりません。

G:どっちが好きなのかな。というか、涼太くんのほうが、知子さんを追いかけて

  いるみたいだから、腐れ縁で付き合ってるって感じ?

  離れてくれないから、まあ、いいかって感じかな?

  年上の作家先生も 知子さんにほれちゃったんだね。

  だから、腐れ縁のように いつまでもずるずるとね関係を続けている。

  知子さんは、どっちでもいいのかもよ。すっぱり二人とも関係を断ち切れるんだけど

  ふたりとも、向こうから自分のほうに来てしまうから どうしようもないから

  つきあってます的な感じになっちゃうんじゃないかな?

  男がいけないね、知子さんをすきになっちゃったんだから。

  ミッシェルがわからないのは、当然かも。

  だって、同時に二人の男に 言い寄られたことなんてないだろ?

M:まあ、失礼ね!そうです、どうせ、私はモテたことがありません。

  ジョージさん、好きになってくれてありがとう。

  なーによ、ジョージだって、他の女から 言い寄られたことあるの?


G:いや、ないですよ。俺は、女性がらみでこんがらがるのは、ごめんだなって

 思うタイプだし、幸いにも、ミッシェル以外は いいなあと思った女性が

  いなかったもので。

M:まっありがと!

  とういことで、この映画は、どうやら、モテモテ女というか 恋多き女じゃないと

  理解できない映画のようです。

  ところで、知子さん、型押し染色家でしょ?

  あの型押し きれいでした。

  図案とかもよかったし。紙を切り抜いて、切り抜いたところに色をつけていくのかしら?


  涼太の家と知子の家に向かう道が二股に別れる場所があったじゃ

  ないですか。

G:ああ、坂道で涼太君のほうは、下っていき、知子さんのほうは登って行く道。

  あれは、淡路島なのかなあ。あそこいいよな。昭和な感じが漂ってる。

  『花様年華』的だったよな。そうだよ、もうちょっと 知子さんの気持ちが

  どっちかに偏ってくれたほうが、面白かったかもしれない。

  どっちつかずというのが、わかわからなくしているのかもなあ。

  この人は、だらだらとつきあっていて、幸せなのだろうか?と思うよ。

  どっちをより好きなのかが決まれば、もっとすっきりするんだけどなあ。

M:ふりまわされる涼太君の視点で描いたほうが、面白かったりしたりして。

  知子さんは、ファンファタール的な存在で、涼太君はふぃりまわされて

  破滅するっていうほうが納得できるかも。

G:昔ってさ、旗日といって、祝日には、かならず、国旗を各家で掲揚しただろ。

M:えっそうなの?知らない。

G:そうだよ。うちだって、俺が小学校くらいのときは、玄関のところに

  国旗掲揚の金具が取り付けてあって、日の丸出してたし。

  でも、いつごろからか、やらなくなったなあ。

  実家には、茶色く黄ばんだ国旗がまだあるよ。

  でもさ、国旗ってどこで買うんだろ。昔、呉服屋にあるっていわれたけど
  
  今も、呉服屋さんで買えるのだろうか?

  一瞬、国旗掲揚した昭和の住宅地が映ったろ。

  ああ、懐かしいなあと思った。

  そういえば、奈良の今井町へ行った時、国旗掲揚してた。

  それももう20年くらい前だから、今はどうかな?

  ああ、懐かしいなと思ったことがあったな。

  最近昭和レトロ ちょっとしたブームだから

  昭和の記憶は大事にしたいね。


M:そうだ、もうひとつ、違和感なことが。

  煙草よ。この映画、作家先生も涼太くんも、知子さんも

  みーんな煙草吸うでしょ。今は、禁煙ブームだから

  煙草吸ってるシーンなんて、あまり見なくなってきたけど

  やたらマッチで煙草に火をつけるシーンが多いので

  すごーく新鮮というか違和感というか昭和してるなあと

  思ったところ。

  その昔、香港映画は やたらタバコ吸ってた。

  アンディ・ラウとかレスリー・チャンとかやたら
 
  スクリーンの中で タバコふかしてたわ。

  というところが、ちょっと昭和してるなあと思ったところ。

  

  





  

"夏の終わり" へのコメントを書く

お名前
メールアドレス
ホームページアドレス
コメント