存在のない子供たち

M:こんにちは。ミッシェルです。

G:どーもジョージです。

M:今日見た映画は、「存在のない子供たち」。児童虐待の映画だというので、

  ちょっと興味があって、見ました。以前、是枝監督の「誰も知らない」を

  見ましたけど、それのレバノン? どこの国の話だろう。シリア?

  うーん、その辺は、分からないけど、とにかく中東のどこかの国の話。

  ここでも、貧困がそうとうなもので、まだ日本はまし?とも思える感じ。

  出生届けも出さない親、働かない親、子供ばっかり産む親、貧乏人の子沢山を地で

  いっている世界。なんか、こんなところに生まれるのさえ、嫌な感じ。
  
  と、日本に暮らしている自分は、思ってしまう。

G:日本の「誰も知らない」は、親に捨てられた子供たちが、自力で生きる

  姿だったね。こちらは、育児放棄というか、子供を働かせて生活をする親から

  逃げて、自活する子供の話だったけれど、どっちも児童虐待だね。

M:でも、最近の日本の児童虐待は、本当の親が、暴力を子供にふるうの方の

  児童虐待よね。どっちもどうしようもないくらいひどいことだけど、

  まだ、子供ながらも、自活する子供のほうが、救いがあるというか

  そんな気がする。この主人公の男の子の目が素晴らしいのね。

  純粋で切ない感じが良く出ている。

  柳楽優弥くんも、目が印象深かったけれど、この映画でも

  主人公の男の子の目がこちらに訴えかけるわね。

G:この男の子は、頭いいんだよね。11歳にして、いろんなことをやって、

  お金をかせごうとするから。知恵を振り絞っているよね。

  それがすごい。たくましいよ。

M:ほんと、私に、それだけのサバイバル力があるかといえば、ないわね。

G:しかも、11歳か12歳なのに、妹の生理の心配までしたあげてさ、

  たいしたもんだよね。耳学問かもしれないけど、ちゃーんと心得てることが

  すごい。

M:妹が、花嫁として、売られるのは、確かに、児童虐待よね。それで、

  妊娠して、なくなっちゃうんだもの。何のために、あの妹は、生まれてきたの

  って感じよね。ひどい話。
 
  この映画を見て思うのは、貧困で子供を満足な教育さえ受けさせない親が、

  次から次へと子供を産むというのが許せない。親の無知とかだらしなさが

  もたらす子供の悲劇よね。

  でも、11歳の子供さえ、乳飲み子を、なんとか必死に生かそうと奔走する

  わけですよ。

  でも、日本の児童虐待は、自分で産んだ子供なのに、殺そうとするでしょ。

  まだ、ほっておいたほうが、まだましと思われる児童虐待があるでしょ。

  どっちが悲惨かと思う。

G:まあ、どっちも悲惨だけど、自分の子供を殺そうとするのは、

  人間のやることじゃないね。この映画の方は、まだ、生かそうとするじゃない。

  そこがまだ救いがある。

  日本の児童虐待は、どうかしてると思うよね。

  こういう映画を見ると、同じ貧困でも、本当に貧困で、何もしてやれないのと、

  自分が遊びたいからとか自分のストレスのはけ口としてのネグレクトや虐待とは、

  質が違うなあということだね。

   どっちも、育てられなきゃ、産んじゃいけないんだよね。

M:この映画の少年の言い分は、そのとうり。なぜ、産んだってことに尽きるわ。

  産まなければいいんだと思う。日本の親にも言えるけど、育てる自信がなければ、

  産まなきゃいいんだ。殺されるために生まれてきたんじゃないよね。子供は。

  と、つくづく、この映画を見ながら、思いました。

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