ナチス第三の男

M:こんにちは。ミッシェルです。

G:どーも、ジョージです。

M:この映画は、ちょっと見たくなかったのよね。だって、ナチスの映画でしょう。

G:俺は、見たかったよ。だって、歴史がどうだったのか知るには、映画で

  見るのが、一番リアリティがあるだろ。本当は、どうだったかわからないけどね。

M:ナチスは、どうして、あんな残酷になったのかしら。

G:民族浄化っていうのがあるよね。どうしても、ユダヤ人を排斥したかったんだな。

M:これってさ、今に続く問題として、深刻よね。ユダヤ人ではなくても、

  移民、難民問題なんかで、似たようなことが起こってるでしょ。

G:グローバル化で、いろんな人種が、交流始まってるよね。

  旅行とか、留学とか、移住とかね。でも、経済的に余裕がなくなってくると、

  責任転嫁の機運が出てくるしな。

M:さてと、でも、これ、ナチスのヒトラーでもなく、ヒムラーでもなく

  初めて聞く名前ね。ラインハルト・ハイドリヒ。

  こんな人だったとは、思わなかった。人をモノとして見てない人ね。

  私、疑問に思うのは、そういう冷たい男にも、女が寄るってことね。

  不思議でしょうがない。まあ、人間の本性なんて、時間をかけないと

  わからないものだけど。

  不名誉除隊した男なのにね。でも、それなりに、それなりの女、

  強気な女が付くのね。

G:戦争は、こういう男を生み出すんだよな。残虐な血も涙もない男をね。

  不名誉除隊で、生まれて初めてものすごい屈辱を味わうじゃないか、

  あれだよね。あれが発奮材料だよね。それを救った女が、

  リナなんだけど、救わなかったら、こういう歴史にならなかったかも

  しれないね。女は、おそろしいね。

M:これは、ハイドリヒが主人公だとばかり思っていたら、

  ハイドリヒは、暗殺されちゃうのね。反対側のレジスタンスの方にも

  焦点が当たっていて、どっちからも眺められるという手法なのね。

G:ちょっと、あれ?なんだ?なんだ?って思ったら、そういう手法なんだね。

  いきなり主人公が変わっちゃったよーって驚いたよ。

M:主人公は、ハイドリヒとレジスタンスの青年たちの両方なのね。

  タイトルが、ナチス第三の男だから、ひとつの視点からだけ

  描いているのかと思ったら、ちがった。

  でもね、これを見て、なんというか、人間って、なんだろうって

  思ったわね。どうして、こんなことができるのかってね。

G:でもさ、平和な今でも、時々、小さい子の虐待とかいじめとか

  起こるだろ?あれが、組織的に行われたって時代なんだよな。

  人間の闇の部分の本質は、変わっちゃいない。もう、DNAの中に

  組み込まれているのかもしれないね。残酷な因子がね。

M:それを、おさえているのが、理性というか、良心というか

  そういうものなんだと思うけど、でも、均衡が崩れると、

  いつまた、そういう時代になるかわからないわね。

G: そうなったら、今の時代、核爆弾を何発か打ち込めば、一瞬で

  おしまいになるよ。俺もミッシェルも、一瞬であの世行きだ。

M:あーこわっ。こういう映画を作る意義ってなんだろうね。

G:そりゃ、歴史を風化させないためとこういうことにならないようにの

  戒めもあるんじゃないかなあ。忘れちゃうと、また、人間は、

  間違いを犯すからね。

M:ふーん、そうか。私が、この映画を見て思うのは、嫌悪しか

  残らないなあ。男の視点や思考で、あの時代は動いてたっていうか

  それが嫌悪しか残らない原因かもしれない。女は、ひっこんでろって

  感じね。それが、頭にくる感じ。

G:そうだね。強気なリナも、仕事に埋没する夫を非難すると、途端に

  邪険に扱われたもんな。ひっこんでろって感じに。

  病院で、最後を見取るとき、どういう感情だったかね。

  やっぱりねと思ったか、死なないでと思ったか。

M:どうでしょうか。夫のやっていることを知っていたかいないかで

  分かれると思うけど。

  でも、レジスタンスの人たちは、すごい意志よね。もう死ぬ覚悟が

  できてないと参加できないわよね。

G:どうせ、死ぬなら、戦って死ぬって思ってるんじゃないかな。

  何もしないで、殺されるよりはましってね。

M:そうか。私には、できないわね。きっと、何もしないで、

  殺される側かもしれない。あの村人たちみたいにね。

  とにかく、ぞーっとした映画だったわ。

G:歴史の一断面を見た思い。

  

  

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